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製薬企業におけるパブリケーションマネージャー
2016/07/11
  日本メディカルライター協会賛助会員
中外製薬株式会社 メディカルアフェアーズ,ISMPP CMPPTM
今仁 優美子 
 
背景

ここ数年、パブリケーション、すなわち学会発表や論文公表を適正に実施しようという動きが大きくなってきました。日本で実施された臨床研究の論文が数報、国際的な医学雑誌から取り下げられ、関係した企業の責任が問われたことにより、大きな話題となったことが原因の一つです。データ改竄を含む研究不正ばかりに焦点が当たりがちですが、研究成果を論文や学会発表として公表される際に適正な手順を踏んでいれば、回避できたかもしれません。その役割を担う、パブリケーションマネージャーの概要をご紹介します。

パブリケーションマネージャーとは

パブリケーションマネージャーという職種は日本では耳慣れないため、「何をマネージ(管理)するのか」と疑問に思うかもしれません。論文や学会発表は、執筆・作成し、発表するものであり、マネージするものとは考えられてこなかったからです。研究の最終成果である論文や学会発表は、その結果だけを見るだけではわからない、多くの工程を経て発表されています。ここでは、作業工程の多い論文を例に取りあげますが、学会発表であっても、プロセスや課題とされる事項に大きな違いはありません。

多くの方が漠然と持っている論文作成のイメージは、本文執筆及び図表作成の作業だけではないでしょうか。実際には、論文一報を完成させるために必要な作業は、本文執筆、図表作成、QC、投稿雑誌に求められる提出書類の準備、そして投稿作業があります。しかし、これらの論文執筆・投稿そのものに関わる作業は論文作成の一部であり、それ以外に、パブリケーション計画の立案・合意、著者とのコミュニケーション、委託業者とのコミュニケーション、企業であれば社内関係者のコミュニケーションが大きな割合を占めます。それら全てを俯瞰した上でのスケジュール管理も必要です。

また、コンプライアンス(倫理・規制の遵守)を確実にするためには各種国際ガイドラインや、日本国内の規制の知識も必要とされます。論文一報を適正に作成するためには、多くの時間、労力、知識、そして著者・関係者の協力が必要となります。多くの作業をスケジュール通りに、コンプライアンスに沿って適正に実施されるようマネージすることが、パブリケーションマネージャーの役割と考えています。

製薬企業におけるパブリケーションマネージャー

私は、中外製薬株式会社のメディカルアフェアーズ本部で、3年程パブリケーションマネージャーとして臨床研究の学会発表や論文作成に関わっています。その間に、前述の論文取り下げの影響も有り、環境が大きく変わりました。日本であまり注目されることのなかった利益相反の開示や、パブリケーションにおける企業の関わりが問われるようになってきました。もちろん、以前から利益相反の開示はされています。その基準が欧米を中心に国際標準化されてきている中で、その標準に則って開示されているかどうか、が問題とされています。

パブリケーションに関する様々なガイドラインやルールを調査し、規制等の状況と環境を正しく理解することは、プロジェクトに担当者の一人として加わり、社内外からの問い合わせに対応する上では欠かせません。社内で適正なパブリケーションの検討を重ねていく中で、米国ではパブリケーションのスペシャリストの資格もあるということを知り、取得しました。International Society for Medical Publication Professionals (ISMPP)のCertified Medical Publication Professional (CMPP)です。CMPPは、まだ決して知名度の高い資格ではないかもしれませんが、パブリケーションマネージャーとしてベースとなる知識を学習することは非常に有意義でした。

啓発活動の重要性

研究者(著者)は通常、薬剤の安全性と効果、治療への意義を多くの方に知って頂くために、学会発表や論文公表を実施します。金銭的な利益相反の開示に加えて、特に営利組織である製薬企業の薬剤に関する論文である場合、論文の読者に対して企業の関わり方を明確に開示することが求められます。これは、臨床研究の結果という薬剤に関する情報を、読者が公平に判断する材料として均一に提示することを目的としています。トップジャーナルと呼ばれる高名な学術雑誌ほど、その基準は高く、厳格です。例えばNew England Journal of Medicine (NEJM)に採択された論文に関わった際にも、厳密な情報や書類の提供が求められました。

企業として研究者の支援をするためには、コンプライアンス、更に限定的に言えば、パブリケーション倫理の遵守を確実にすることがパブリケーションマネージャーの大きな役割の一つです。そのパブリケーション倫理の指針となるのが、International Committee of Medical Journal Editors (ICMJE)のRecommendationsや、Good Publication Practice for Communicating Company-Sponsored Medical Research (GPP3)等の国際的なガイドラインです。前述のNEJMで必要とされる情報も、ガイドラインを熟知していれば、それほど驚くような要求をされることは、まずありません。

当社では、パブリケーション倫理の意識の向上のための教育啓発、及び実際の論文作成プロセスの中で臨床研究の担当者に協力して適正化を図る活動を実施しています。また、必要に応じて社外の著者等の関係者への説明も行います。上記二つのガイドラインの推奨内容は、パブリケーションの計画から出版されるまでを、試験レジストリ(UMIN等)登録、データの取り扱い、二重投稿等含めて網羅していますが、短期的には特にパブリケーション倫理に関わる、利益相反の開示や発表内容の合意に重点を置いています。ICMJE RecommendationsやGPP3は、日本国内で広く認知されているとは言えないため、社内であっても理解を得るためには根気強い説明が必要ですが、啓発活動を開始した当時と比較すると大きな進歩を実感することが出来ます。将来的には、関係者全てが共通の認識をもとにコンプライアンス遵守に取り組めることが目標です。

コミュニケーション能力の重要性

パブリケーション倫理に加えて、関係者のコミュニケーションは重要な要素です。論文作成のプロセス全体を通して、外部著者である研究者と密な連携を取る必要があります。社内においても、開発・研究・安全性・薬事・知財、そしてメディカル等多くの機能が協力して内容を精査する必要があります。外部から、論文メディカルライターの協力を得ることもあります。また、論文執筆に直接関わる知識に加えて、パブリケーション倫理の知識や、投稿規程についての知識も求められます。各プロジェクトの担当者が単独で全てをとりまとめ、スケジュール通りに進捗を管理していくことは、多くの場合非常に困難です。

そこで、俯瞰的な立場で、論文の計画から発表のプロセス全体を推進・支援する役割を果たすことを期待して、パブリケーションマネージャーが割り当てられています。プロジェクト、または臨床研究毎に環境が異なる中で関係者の協力関係をベースにパブリケーション活動を推進するため、定型のプロセスを確立することは、非常に困難だと感じます。ですが、目標を達成出来た後は達成感を分かち合うことが出来ますし、論文作成過程で要求されたパブリケーション倫理の遵守や、関係者間のやり取り全てが必要なプロセスだった、と最後には関係者の理解を得ることが可能だと考えています。コミュニケーターとして高い能力も求められるので定型の決め事では解決しない課題も多く、日々反省することも多いですが、具体的な成果が見える点は、非常にモティベーションを上げる仕事だと思います。

今後の課題

現状では、パブリケーション倫理に重点を置いて活動を実施していますが、今後更に重要となってくるのは、戦略的なパブリケーションの推進だと考えています。パブリケーションと臨床研究そのものを切り離して語ることは出来ません。試験レジストリに登録することからもわかるように、臨床研究を計画・立案した時から、パブリケーションは始まっています。臨床研究のタイムラインに沿って、そのデータをいつ・どこで発表するのかは、患者さんが関わった臨床研究の結果を一般に広く知って頂くという目的を考えると、非常に重要です。学会発表・論文公表の予定からさかのぼって、多くの必須作業を完遂するためには、前もってタイムラインを引いて関係者の合意を取り、人的・金銭的なリソースを考慮しなくてはいけません。それによりタイムリーな学会発表・論文公表が可能となり、パブリケーションの価値も向上します。そうなった時、患者さんや医療への貢献の一端を担うという意味でも、更に意義のある役割となるのではないでしょうか。